葉山港に明大ヨット部の合宿所が出来て平成25年7月29日(月)の竣工式に当校友会支部として出席して以来早や5年が経ち、平成28年8月7日(日)に明治大学体育会ヨット部“FAMILY感謝DAY”に初めて当支部も呼ばれて参加しています。
今年8月5日(日)は同イベント2回目の参加でした。
2年前のヨット部監督の吉田 優さんは監督を続けておられ、以前当校友会で平成9年から16年迄役員を務めていた大場秀夫さん(S53政経卒)は現在明大ヨット部の総監督ですが、一方日本セーリング連盟のレース委員会委員長として江の島を拠点に2年後の東京オリンピックに向けて尽力されているそうです。
今回参加者は、前回参加の砂山、西山、足立、根岸に今回初参加の田澤、高橋、林、仲内を加えて8名でした。当校友会は前回支部長が砂山 昇さんでしたが、現在山村博輝さんに変わり、山村支部長や小川幹雄幹事長も参加予定でしたが都合で不参加となりました。また神奈川県東部地区父母会の方々も10名参加されていましたが、前回参加の進林徳彦会長は清水丈志会長に変わっていました。父母会の方の話では前回参加者は除き40名程いる役員の中から10名参加で進林さんを除き全員初参加とのことでした。奇遇なことに父母会の中に根岸久さんが勤めていた会社の後輩の女性・深谷さんがおられました。
当日はヨット部部員と家族70名程、父母会10名、当支部8名の90名近い参加で、当初ヨット部合宿所内での出艇待機と懇親会を予定していましたが、入りきれないため、葉山港管理事務所3階を借りてのイベントとなりました。この建物の2階は当支部の6月逗子海岸花火観賞会の会場でした。前回同様、校友会として差入の茶菓子代として祝儀の他に根岸さんが自宅の栽培野菜オクラを大量に合宿所に差入しています。
( 主将の小倉君がまず校友会テーブルへ )
午前10時前に合宿所入口に集まった当支部参加者は、部員の案内で葉山港管理事務所内の会場に入りました。受付で参加費3,000円を支払い、名札をもらい校友会のテーブルに着きましたが、主将の小倉晴太君が来て、間もなく吉田監督に挨拶したり、父母会の清水会長に挨拶し両者に持参した当支部の会報8月1日号をお渡ししています。後は部員が用意した飲物とつまみを口にしながら暫し歓談して開会を待ちました。つまみやその後出された料理は部員が合宿所で調理して持ち込んだようでした。
3年のチーフマネージャー緒方りかさんの司会で“FAMILY感謝DAY”のセレモニーが始まりました。吉田監督挨拶、砂山校友会前支部長挨拶、清水父母会長挨拶があり、砂山さんからは合宿所竣工式以来の地元校友会の縁について挨拶でふれています。
飲食歓談していると部員がヨット乗船の確認をしに回ってきました。砂山、西山の2名は乗船しないということで6名を登録しています。チーフマネージャーの緒方さんが福岡県修猷館高校出身ということで同じ福岡県出身の西山さんと会話する場面もありました。修猷館高校は先の東京オリンピック組織委員会会長だった安川第五郎さんの母校です。当日は台風13号が北上している状況下、建物屋上のポールには黄色の吹き流しが掲げられていて出艇注意でした。
(緒方チーフマネージャーを加えて)
前回同様、5人(仲内俊之さん乗船辞退)はゴムボートの前に行って各自救命胴衣を着けて「白雲」と書かれたゴムボートに乗ってヨットハーバーを出艇しました。
(先に乗られた父母会のグループ)
( 立教会で葉山セーリング協会の井上義朗会長が子供たちのヨットスクールでおられ明大の出艇をご覧になっていました。井上さんとはヨットでなくカラオケで一緒です )
(救命胴着装着の手伝いとボムボートを抑えてくれていた係の部員に感謝です)
操縦は3年横井 駿君と2年江口直輝君でした。西山さんがこの状況を写真に撮ってくれていました。やはり波は高く、海上に部員のヨットが数艇出ていましたが、予定の止まってヨットに乗り移れる状況ではなく、ゴムボートが部員のヨットに近づきディンギーヨットの種類(帆3枚装備の470級、帆2枚のスナイプ級、1人乗りのレーザー級はヨット部は持たない)やポジション(メインセールや舵を座って操るヘルムスマン(スキッパー)、ジブセール(前帆)や追い風の時の3枚目のスピンを使って体で船体のバランスを取るクルー)の説明を聞くことになりました。部員のヨットは間近で旋回するシーンを見せてくれたりしました。高波でスピードを上げたゴムボートは座っていてもお尻が浮く状態で両手でしっかりしがみ付いていないと海に放り出されるのではと思う場面が多くあり、手の握力が無いとヨットには乗れないとつくづく思いました。
(したがってボート上からの撮影は出来ませんでした)
(上の写真2枚は明大ヨット部のwebサイトより)
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海の上で帽子を風で飛ばされ地下足袋を履いた林さん
ズボンとシャツはびしょ濡れになって戻ってきましたが、天気は良く高温のため1名を除き半乾きの状態で着たままでした。ヨットにどうしても乗りたかった田澤保吉さんは流石に波が静まっても今日はもう乗りたくないと言っていました。 ただこのくらいの風と高波は練習には良いとのことで、またゴムボートは50km程(30ノット程)出るそうでした。
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ボートの底に 帽子は外していた田澤さん(賢明)
しがみついていた根岸さん
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副将の横井君!説明有難う
建物内に戻って一服後、合宿所内の見学に移りました。合宿所入口で靴を脱いで2階の大部屋に上がると壁には竣工式の際に当支部から寄贈した逗子在住の鈴木英人画伯のヨットの絵があり、また部員の合宿中の1日のスケジュールが貼り出されていました。
2階にパソコンのルームもあり、ここで逗子葉山地域支部ブログで2年前の“FAMILY感謝DAY”参加記事を2年の下田悠加さんに紹介しました。また右横に本棚がありヨットに関する雑誌等が目につきました。以前ヨット部OBの故広瀬猛さんから譲り受けた「創部50周年記念 明治大学体育会ヨット部沿革史 白雲」があるので、ヨット部に寄贈してこの本棚に収まって、部員が見てくれたら相応しいかなと感じました。
パソコンルームを出て屋上に出ました。
屋上の「海上からのランドマーク」を標榜する白いパーゴラの下からの眺めは最高で良くこんな場所に合宿所を確保できたものと感心するばかりです。部員10名程がバーベキュー用のコンロで三角味噌おにぎりを焼いていて2年のマネージャー小林日向子さん達と暫し歓談して、入口前で写真を撮りまた会場に戻りました。
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(アロハの田澤さんはここで帰られました)
会場に戻り父母会の方とも交流をしました。深谷さんは校友会のテーブルに来られ根岸さんとの奇遇に話しがはずんでいました。
会場では映像紹介の後、前に出た部員から自己紹介が一人ずつありました。高校時代からヨット部に入っていた部員もいましたが他の運動部に入っていた人の方が多かったと思います。出身高校名を告げる度に父母会の体格の良いサーファーの方が“名門”と声を上げていました。
2年で地元逗子開成高校ヨット部出身の武井翔太朗君がいたので会話もしています。その昔、明大とヨットレースをして勝ったという名門逗子開成高校から明大ヨット部に進んだ校友に故広瀬猛、下里秀作、大場秀夫の3氏(すべて当校友会支部役員でした)達がいますが皆さん活躍されていて、武井君の活躍も応援したいと思います。
☝ ☝ ☝ ☝ 逗子開成ヨット 合宿所を横浜から 若い時の写真 武井君!開成の
経験第1号者 初声に移行時主将 前述 先輩の顔を覚え
元監督 元監督・現総監督 ておいてね
校友会参加者に横高OBが2名いましたので後輩の横高出身の1年長塚裕香さんと来られていたお母さんとも話をしましたが、地元ではなく今は学区(校区)が無いので住所はどこでも高校受験できたとのことでした。中締めで吉田監督の挨拶があり、参加者一同肩を組んで一つの輪になって校歌を歌い、3年永冨吾郎君のエールで “FAMILY感謝DAY”は終了となりましたが、最後に記念の集合写真を撮っています。ヨットに乗れなかったわりには皆さん満足して会場を後にしました。
(エールの永冨君と仲内さん・陽に焼け方が違うのは仕方が無い)
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下田さん!皆に校友会のブログ見せてね
2列目 ☝ ☝ ☝ ☝ (校友会) 林さん 足立さん 高橋さん 仲内さん
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3列目左の長塚さん!皆に楽しみを与えてくださいね
2列目 ☝ ☝ ☝ ☝ ☝
校友会砂山さん 吉田監督さん 父母会 校友会西山さん 校友会根岸さん
清水会長さん
1列目
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学連の 主将の 副将の チーフⅯ 企画の 主務の
坂本君 小倉君 朝倉君 緒方さん 永富君 瀬ノ尾君
☝ 最後列右から1番目 横井君!ゴムボートでの説明ありがとう
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3列目右から2番目 江口君!ゴムボート操縦ありがとう
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4列目アロハの父母会のサーファーお父さん!部員は皆 名門高校でしたね
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緒方さん!
小倉主将はじめ部員の皆さん、吉田監督さん、有難うございました。参加されたご家族や父母会役員の方もご一緒できて幸いでした。このブログを見てくださいね。
*これで今回のブログは終わりにしようと思ったらデンマークでのセーリング世界選手権で吉田愛・吉岡美帆のペアが日本女子初の金メダルに輝いたニュースが飛び込んできました。吉田さんは神奈川県出身で江の島をホームポートにしているので江の島にいる大庭秀夫さんも喜んでいると思います。10歳年下の吉岡さんは身長177㎝で強風や荒波に船体をセーブするクルーに非常に相応しいとのことです。
*記事中誤りがあればご指摘下さい。なお部員名についてはヨット部ホームページに公開されていましたのでそのまま記載しました。
(足立泰秀記・写真提供:西山隆治、 林一雄、高橋弘、砂山昇)